曼殊院

京eco2Ring[みやこエコツーリング]

京eco2Ring[みやこエコツーリング]自転車のイラスト

曼殊院

最澄が比叡山に草創した東尾坊が明応4年に門跡寺院となり、平安後期から曼殊院と称されました。現在地には江戸初期の明暦2年に、桂離宮を造営した智仁親王の次男、良尚法親王が住持となったときに移され、境内の虎の間、大書院、小書院、庫裡は重要文化財に指定されています。
建築、庭園ともに創意に満ち、狩野永徳や探幽の襖絵があり、書院の欄間には、月の字くずし・卍くずし・菊花紋、引手は扇手・瓢箪・鞭などさまざまな意匠が懲らされています。庭園は遠州好みの枯山水で鶴島と亀島があり、白砂を水の流れにみたて静かに水面をさかのぼる大舟を表現されています。
また、大書院の周辺には、五月の初めごろに霧島つつじが深紅の花を咲かせ、鮮やかに色づきます。他にも四季折々の花が咲き、紅葉の名勝としても有名です。

一覧へ戻る